2005年10月19日水曜日

メディアラボの目 「紙とネット」のジレンマ

Sinbun_1  最近、新聞業界でひそかに話題になっている本がある。「新聞がなくなる日」。著者は毎日新聞社の取締役編集局長などを歴任した歌川令三・東京財団特別研究員だ。著書のなかで歌川氏は「2030年に新聞がなくなる」と予測。本業の紙媒体に加え、インターネットによる電子媒体も手掛ける新聞社が「紙とネット」というハイブリッド型の事業展開をする課題を指摘している。









新聞社は1990年代中ごろから「紙とネット」の経営形態を模索し続けている。これに10年ほど遅れる形で、テレビ放送会社も電波を使った放送事業とは別に、ネット関連事業を本格的に立ち上げて「波とネット」というハイブリッド型を強く志向し始めた。既存メディアには「紙」だけで十分に収益を確保できた時代、「波」だけで十分だった時代が少しでも長続きすればいいとの思惑もあったが、ネット媒体の台頭に伴い、ハイブリッド型への移行を急がざるを得なくなったのが実情だ。





「堀江さんに背中を押された格好になった」(フジテレビジョンの村上光一社長)、「ホリエモンに感謝しないといけない。放送事業者の目を覚ましてくれたから」(産業経済新聞社出身の中村啓治・福島テレビ社長)といった声がフジサンケイグループ幹部からは最近、よく聞かれる。ライブドアの「侵攻」を防衛できた安堵感が背景にあるとはいえ、半分程度は本音の発言かもしれない。





「ネットが既存メディアを殺す」とばかりにテレビ局の買収を仕掛けたベンチャー経営者の登場に、今春、多くのメディア企業が不快感を示した。ライブドアの堀江貴文社長に指摘されるまでもなく、ネット時代を見据えた準備は粛々と進めてきたという自負がテレビ側の経営者にはあったためだ。ただ、メディア関係者の多くは粛々と準備をしながらも、想定していたロードマップ(行程表)が前倒しになりつつあることを感じている。





「著作権の問題なんて実はしっかり手続きを踏めばクリアできる。そうしないのは、まだネットが大きなビジネスになる時期が到来しないないと判断しているからだ。その時期になれば、いつでもクリアできる」。これまでテレビ局の番組ネット配信をめぐっては、著作権問題が難関になるとされてきたが、最近は放送局首脳からはこんな発言も漏れてくる。そして各社はネットが大きなビジネスになる時期を見据えて、「波とネット」型に踏み出し始めている。





新聞社が「紙とネット」の2本柱を目指し10年経過しても、紙媒体が主力で、ネット媒体は補完的な事業という状況に変化はない。ただ、現在、新聞は紙媒体から電子媒体に経営の軸足を移していく過渡期に入っているとの見方もある。その完全なシフトがいつになるのかは不透明だが、歌川氏の「2030年説」のように具体的な時期を予想する動きも、現に新聞関係者の中から出ている。





韓国では市民から記事を募集するネット新聞が成功して、既存の新聞社は相対的に影響力が低下している。米国ではポータル(玄関)サイト大手のヤフーが新聞やテレビの人材を引き抜いてメディア企業としての布陣を固めつつある。「ネットは新聞を殺すのか」などの著作がある時事通信社の湯川鶴章編集委員は「ポータルとメディア企業の衝突は避けられない。この動きは日本にも飛び火する」と見ている。





新聞やテレビなどの既存メディアは現在の主力である既存事業を堅持しつつ、ネットにいつ、どのように軸足を移していけばいいのか難しい判断を迫られている。一気にネット事業に踏み込んでも、新聞やテレビ局が運営するサイトの集客力は主要なポータルサイトと比べて見劣りする。世界を見渡せば、韓国のインターネット新聞「オーマイニュース」、米ヤフーのような新しいメディアと既存メディアの攻防が激化している。





歌川氏の著作は既存のメディアがネットと向き合うとき「カニバリズム」が課題になると指摘する。新聞は既存事業(紙)と新規事業(ネット)の共食いというジレンマに陥っていると分析し、新聞業界に対して「新しい自分を確立するために旧い自分を食ってしまうことができるのか」と問いかける。既存のメディアがネットを経営資源として有効活用できる新しい業態を目指すとき、最大の敵は自分自身かもしれない。

































0 件のコメント:

コメントを投稿

フォロワー

ブログ アーカイブ