2005年5月25日水曜日

シンポジウム「メディアの10年後を考える」

052401日経メディアラボは5月24日、矢野直明・明大客員教授(元アサヒパソコン編集長)、鈴木祐司・NHK放送文化研究所主任研究員、山岸広太郎グリー副社長を招き、「メディアの10年後を考える」と題したシンポジウム(司会は日経メディアラボ所長の坪田知己)を開催した。マスメディアとインターネットの共存関係やネット時代のジャーナリズムの役割などについて意見交換し、メディアが多様化する過渡期に既存メディアが社会の中でどう位置付けられるのかを再検討する必要性が浮き彫りになった。



ネットと既存メディアの関係をめぐり、鈴木氏は「テレビは最低10年はネットから影響を受けない」との見方を示した。矢野氏はネットを活用して情報を積極的に摂取する人が増えていることなどから「テレビを見る暇はなくなる」と反論。新聞・出版だけでなくテレビも経営を圧迫される可能性があると指摘した。山岸氏はネット企業と既存メディアの関係を新旧メディアの対決ではなく「エスタブリッシュメントとベンチャー」という構図で説明。ライブドアなどの新興企業がメディア事業への参入を志向する背景を分析した。


主なやり取りは以下の通り。


司会「ネットは既存のマスメディアを補完するのか、代替してしまうのか。ネットの普及後にマスメディアの役割はどうなるのか。マスメディアは危機的な状況ではないのか」


052403鈴木氏「新旧メディアの関係で言えば、テレビは既存メディアのなかの新メディアであり、最低10年は新メディアのネットから大きな影響は受けない。テレビがネットに飲み込まれるといわれるが、技術的、経済的、商習慣的な理由から10―15年はそうならない。メディアへの接触時間を見ると、テレビは他のメディアを圧倒している。ネットと競合するのは情報に関与する度合いが高い上位10%の人だ。ところがその下の3分の2は必ずしもそうではない。暇つぶしで見るテレビの娯楽番組に満足している」


矢野氏「『総メディア社会』の出現で、企業、官庁、個人が自ら情報発信できるようになった。マスメディアは特殊な産業で外からの参入はないと安心していたが、ライブドア問題はこの意識に対する典型的な一撃だった。組織の時代から個の時代になり、ジャーナリズムを担う主体は誰なのか。既存のマスメディアが生きる道は調査報道的な役割や総メディア社会の羅針盤という役割になる。いろいろなメディアがあるところに情報を束ねて整理する機能が必要になる。ジャーナリズムが抱えるビジネスの問題もある。新聞は今後、部数減に直面する。テレビも同様だろう。鈴木氏はテレビは打撃を受けないというが、暇つぶしで視聴してきたテレビを見る暇がなくなっていくのではないのか」


山岸氏「マスメディア対ネットではなく、エスタブリッシュメント対ベンチャーだ。これまでメディアは参入しにくい分野だったが、技術革新に伴い低コストで情報発信するメディアを作れるようになった。そのときベンチャーはエスタブリッシュメントとどう戦うかだ。楽天やライブドアの経営スタイルで、メディアの事業を手がければ儲かる。結局は企業文化の違いだ」


参加者「10年後、それぞれのメディアの役割はどう変遷すると見るのか」


鈴木氏「情報高関与の人間が増えるのではとの見方があるが、そんなには増えない。あえてヒール(悪役)をやるが、すべての人間が高関与にはならない。矢野氏はテレビを見る暇がなくなるというが、多くの人はそうではない。情報の摂取についても自分の専門領域は積極的に情報を(ネットなどに)とりにいくが、専門からずれるとそうでもない。偶然、(テレビで)出会って、(情報を)知る感動を得たいと思うものだ。悲観することはない」


052404矢野氏「女子大生は普段、携帯電話を目覚まし時計として使い、起きるとメールをチェックしている。学校に行くときも携帯電話で電車の時刻表を調べ、電車の待ち時間では返事のメールを書いている。それからゲームだ。暇な時間を持たなくなっている。週刊誌が売れなくなるのも無理はない。電車のなかで新聞や本を読む時間はなくなる。それが普通になっている」


山岸氏「慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスを出て、マッキンゼーに就職するような人が『2ちゃんねる』を平気で書いている。暇でもない人なのだが『2ちゃんねる』は書いている。母親がメールでやりとりしているというように、情報リテラシー(利用能力)はかなり(高まり)変わっている。ヤフーBBのユーザーは主婦が増えたというが、そういうことが圧倒的に普通になっている」


参加者「テレビを見ない理由は時間に縛られて視聴するのが面倒だからだ。テレビ番組をリアルタイムで見る必要はない。全部オンデマンドでいい。そのための著作権処理、ルールを業界全体で作ることがテレビの未来につながる。そこで問題は民放のCMを収入源とする経営スタイルがどうなるかだが、私にもわからない。メディア接触時間について、鈴木氏はテレビの接触時間が長いと言うが、都市部と田舎ではまったく違う状況なのではないか。4時間もテレビを見るのは高齢者で、時代を動かすような仕事をしている人はテレビを見る時間はない。ネットの接触時間はもっと増えるのではないか。メディア接触のシェア争いはネット、携帯電話にシフトするのは間違いない」


鈴木氏「オンデマンド型には対応せざる得ない。ただ、ネット経由のオンデマンドだけではなく、放送を受けた擬似オンデマンドになるのではないか。CM放送の危機はあるかも知れないが、単純ではない。例えば、ドラマで使う音楽がそのままCMにもつながって流れる携帯電話の宣伝のように、CMを飛ばされないように巧妙になっている。テレビの接触時間について話が出たが、女子大生がパソコンや携帯電話でチャットしながらテレビを見ているとしても、テレビがその会話のきっかけになっているならば、(既存の)マスメディアにも期待できる」


参加者「テレビは携帯電話と連動することでテレビにはできないコミュニティーをつれてくることができる。例えば携帯電話版SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を導入して番組の出演者を招待していく。スポンサーも巧妙になっており、出演者が着ている服を『ここで買える』と紹介して商品に結び付けている。リコメンダー(推薦者)になるものを組み合わせることで、ネットとテレビは共存できる。テレビとネットの協業はネットへの送客が難しいが、携帯電話を使えば簡単にできる」


参加者「テレビはネットに飲み込まれないとの見方があるが、すでに飲み込まれていると思う。テレビは『ながら視聴』もされているし、テレビ以外のメディアでも雑誌を読みながら携帯電話でネットにアクセスする場合もあり、ネットが既存のマスメディアを飲み込んでいるとの実感をもっている。逆にマスメディアがネットを飲み込んでいるともいえる。ネットというとパソコンを思い起こすが、テレビ画面なのかパソコン画面なのかという問題ではない。ネットは携帯電話という形もあり、既存のマスメディアと融合するかもしれない。なくなるのはパソコンかも知れない」


司会「ネット時代にジャーナリズムはどうなるのか。ビジネスとして成り立つのか」


矢野氏「ネット時代になり、今までの制約がないのだから、個人でもジャーナリズムを追求すればかなりのことはできる。ただ、オンライン・ジャーナリズムには期待するものの、現実には難しい。ジャーナリズムのサイトが企業を批判すると、企業の弁護士がやってきていろいろ言ってくる。結果的には(サイトが)つぶれていく場合もある。自由な批判をするにはネットでは限界があり、組織として伝統あるメディアが補佐しないと難しい。個人が集まれば強大だが、大きなテーマを追求するには限界もある。マスメディアは総メディア社会のなかでのんべんだらりとせず、原点に立ち返るべきだ。ビジネス面では、今のままではマスメディアは企業規模を縮小するしかない。ジャーナリズムだけに特化するのは無理でアウトプットの多角化が必要だ」


052405山岸氏「経営として考えるとジャーナリズムは儲からない。コストもかかる。プロフィットセンターにはならない」


司会「ブログを使ってジャーナリズムの活動をする人もいる。書き散らしの掲示板と既存のマスメディアの中間のような存在だ。ネットとマスメディアの役割分担はどうなるのか」


鈴木氏「一言でいえば、情報を意識的に探すネットと偶然に(情報と)出会うマスメディアの違いだ。確かにネットがマスメディアを飲み込む部分とマスメディアがネットを飲み込む部分はある。個人が情報を発信することに意味が出てくると、マスメディアはいい所取りをしてきた。ビデオの投稿を題材にした番組や、ネットの(個人の)情報発信者を取り込んだ番組もある。『ネタは素人、つくりはプロで』というが、ネタは素人からの方が面白い。しかし、テレビは装置産業であり、素人では簡単に(番組作りが)できない。マスメディアとネットは共存するのだろう」

矢野氏
「マスメディアも大きい枠組みのなかで自分を位置付けるしかない。個人の時代、ネットの時代の過渡期に、どのように(位置付けを)再構成していくのかは皆で考えるしかない」


山岸氏「ネットとマスメディアということでわけることに意味はない」


司会「個人とメディアという軸を想定すると、パーソナルメディアというものを考えるが、単一の個というだけでなく、個人には友人もいて、会社や地域、趣味のコミュニティーなどに属している。そこにマスメディアは大きな網をかぶせていたが、ネットはいろいろなサイズのコミュニティーを作ることができる。矢野氏が言うように皆でメディアについて今後も考えていきたい」


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