2009年6月1日月曜日

マスメディアとCGMの間に独自の世界構築・ニフティ「デイリーポータルZ」の動画コンテンツ

Dpz02  ニフティはこのほど、同社のポータルサイト「@nifty」の人気コンテンツ、「デイリーポータルZ」内の映像コーナー「プープーテレビ」をDVD化し、販売を開始した。このコーナーは1分ほどの映像を担当者が交代で制作し、毎日更新するもので、すでに1年以上継続している。DVDの売れ行きも好調で、担当者は予想以上の反響に驚いているという。ネットでの映像コンテンツの可能性、そしてデイリーポータルZの人気の秘密を探った。



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「これ、ひどかったですねえ」
「問題になったやつだね」
「何だよ、コレ」


 男性3人が、映像を見ながらのんびりとトークを繰り広げる。5月29日夜、東京・お台場でニフティが運営しているイベントスペース「東京カルチャーカルチャー」で行われた、プープーテレビのイベントの一こまだ。


 このコーナーでは月に1度、公開した映像をつなぎ合わせ、制作者による解説を副音声として収録し、総集編を配信している。その副音声収録をイベント化した。来場者は会社帰りの人たちがほとんどで、スーツ姿が目立った。これが第一回目の開催だが、今後は毎月開催する予定だという。


 公開収録後には、来場者も参加しプープーテレビに使う映像の撮影なども実施。夜の10時過ぎまで会場は熱気にあふれた。


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 「デイリーポータルZ」は2002年スタート。「糸電話で市外通話」「バナナで釘打って日曜大工」「東京で砂金を採る」など、意表を突いたアイデアを実践し、それを写真と文章でリポートしていくコーナーだ。現在、編集部員6人とライター25人が交替で記事を執筆し毎日更新している。月間ユニークユーザーはおよそ80万で、固定ファンも多い。


 編集部の中心的人物は、ニフティ・サービスビジネス事業本部の林雄司氏。個人サイト「webやぎの目」を1996年から運営し、そこから「死ぬかと思った」などヒット書籍も生みだしている、ネット界の有名人だ。ニフティ社員としてかかわっているデイリーポータルZでもその独特のユーモアセンスは如何なく発揮されているが、こちらは複数の執筆者がそれぞれに個性的な内容を展開している。それでいてどの記事もどことなく「デイリーポータルZらしさ」をかもし出しているのは、やはり林氏の影響力が大きい。ライターとして採用されるのは、投稿などでその手腕を評価された人たちだが、新たにメンバーとして加わって半年ほどは、林氏がじっくりと原稿をチェックし、丁寧にアドバイスを行うという。


 読者の中心は30代前半の男性と20代後半の女性。職場で読んでいる人も多いようで昼休みや夕方4時~5時ぐらいの時間帯は特にアクセスが伸びるという。林氏は「会社の昼休みに一人でお弁当を食べている人にも楽しんでもらえるようなサイトでありたい」と話す。


 このサイト単体で大きな広告収入などがあるわけではないが、ニフティとしては「ネットは楽しい」ことを感じてもらうためのサイト、と位置づけている。ファン層を広げていく起点としても重要だ。


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Dpz01_2   そうしたデイリーポータルZの中で、2008年の3月にスタートした動画コーナーが「プープーテレビ」である。天狗のお面をかぶった正義のヒーローの日常を描いたり、IT企業の社長インタビューと言いながらオフィスが海岸の岩場だったり、「これまでのあらすじ」をさんざん紹介しながら本編は2秒しかないテレビドラマだったり、と、珍妙だが笑いがこみ上げてくる1分ほどの映像が毎日掲載される。デイリーポータルZのスタッフのうち、10人が交代で制作している。


 林氏(写真右)と、ライターの一人で、プープーテレビのメーン担当者である大北栄人氏(写真左)に話を聞いた。


――なぜ動画コンテンツを導入したのか。


(林)
デイリーポータルZは基本的にノンフィクションの世界だ。自分でネタを考え、実際に行動し、その結果を記事にしている。にもかかわらず、大北君や後輩社員である石川大樹君は創作記事ばかり書いていた。ある日、2人で作った原稿に「田園調布に宝探しに行く」というのがあった。田園調布でたくさん宝を拾って喜んでいたら、実はきつねに化かされていた、というものだ。ひどいなあ、と思ったが、少し面白かった。すべてノンフィクション、という縛りをかけるのは見直してもいいのではないかと感じた。


だが一方で、これまで積み重ねてきた、デイリーポータルZのスタイルというか「形」はすでに出来上がっている。多くの読者もそれを期待しており、裏切ることはできないとも考えた。そこでフィクション全面解禁ではなく、ここに限ってはフィクションOK、ということで動画をレギュラー化することにした。


――動画に取り組んでみた感想は。


(林)
予想以上に面白かった。あっという間に徹夜してしまうほど。


(大北)
当初は映像制作の経験者が誰もいなかった。文章を書く、というのは誰もが経験していることだが、動画の撮影や編集はそうではない。最初は映像の文法が分からず、大いに戸惑った。


機器やソフトの操作も含めノウハウが全くなく、互いに教えあったりした。三脚を使わないと手ぶれがひどいこと、カメラ付属のマイクでは簡単に雑音を拾ってしまうことなど、初歩的な知識も実践しながら身につけていった。そうしていく中で、映像の文法、例えばこういうカメラの動きをすればこういう意味や雰囲気になる、ということも、少しずつ分かるようになった。


――どのように制作を進めているのか。


(大北)
まず2週に一度企画会議を開き、それぞれが「こういうものをやりたい」とアイデアを出す。たいがい「いいですねえ」で終わるのだが。


(林)
なるべく否定的なことは言わないで、広げるような感じで意見を出し合う。それからアイデアを出した本人がホームビデオで撮影を開始する。基本的に1人の作業だが、他のスタッフが出演するなど協力をすることもある。編集も動画編集ソフト「プレミア(アドビシステムズ)」などを使って1人で行う。音楽も入れているが、音源はフリーの音楽素材集だ。使ったことがない曲はもうないほど使い込んでいる。


――開始から1年が経過して、コンテンツの内容は変わってきたか。


(林)
だんだん、オチが複雑になってきている。例えば、何かの力でメガネが飛んでしまう、というだけで終わっていたものが、メガネがそのあとどうなるのか、というところまで描くようになった。


(大北)
昨年の終わりぐらいは、ひねりすぎてわけがわからなくなってしまったものも目立った。最近はややシンプルなオチに戻りつつあると思う。


分かったのは、やはり長いものはだめだ、ということだ。70秒を超えると長く感じる。


(林)
実は、最初はすべてテレビCMと同じ15秒に収めようと考えていた。しかしやってみたら無理だった。でも1分以内がいい。それ以上は集中力が続かないし、映像の下に時間ゲージが表示されたとき、2分以上あると自分で先に進めようとしてしまう。


(大北)
ネットによくあるものはやめよう、という雰囲気はできつつある。キャラクターのパロディーなど。また、何かをけなして笑わせようとはしない。けなすことは決して面白くないからだ。


(林)
どきつい表現も避けるようにしている。イベントでそういう表現が受けることはあっても、そのノリで動画にしてしまうと、あまり面白くない。イベントとメディアとでは、笑いの形が違うのだと思う。


(大北)
ただ、これをしてはいけない、というルールは、テキストの記事に比べると少ないかもしれない。「プープーテレビ」はあくまでフィクションが土台なので、自由度は高い。


――動画を導入したことで、デイリーポータルZ全体にとってどのような影響があったか。


(林)
デイリーポータルZではよくイベントを行い、読者の方々に参加していただいている。以前は、昔からの熱心なファンの方がほとんどだったが、動画が加わって以降「初めてイベントに来ました」という人が増えてきた。動画には、間口を広げるような効果があるのかもしれない。


それをうまく、読者参加型のコンテンツに結び付けられないかと考えている。デイリーポータルZでは読者投稿にも力を入れているが、投稿の数は伸びているものの、まだ大きな人気を集めるまでには至っていない。多くの人は参加したいという意識があっても、表現をしている時間がないからかもしれない。


Dpz04 ――DVD化を考えたのはなぜか。


(大北)
せっかく素材があるのだから、やってみようということになった。


(林)
DVDをプレスする費用はさほど高くないと聞いて、決断した。メニュー画面を作るなど、新たな作業が必要だったが、それも大北君がやってくれた。


(大北)
メニュー画面づくりは初めてだったが、手探りでなんとかできた。本当はコピー防止機能も入れなくてはいけないと思ったが、そこまでは技術的に無理だった。


――反響は。


(林)
当初予定の200セットが完売し、100セットずつ2回追加製作して、すでに400セットが売れた。


(大北)
実際にDVDにしてテレビで見ると、同じ映像なのにネットで見るのとは印象が異なることが分かった。ネットで見るよりも面白く感じた作品もある。


――1パッケージに、同じDVDが2枚入っている。


(林)
価格は1700円にしたが、本当はもっと安くして、値段で笑ってもらおうと考えていた。DVD自体をプレスするコストは低廉化しているものの、パッケージングなどでそれなりのコストがかかってしまい、それはかなわなかった。そこで、もう1枚入れることを考えた。1枚は自分用、もう1枚は友達にでもあげるなどして楽しんでいただきたい。


――今後の「デイリーポータルZ」「プープーテレビ」について構想は。


(林)
一方的に情報を送る、というサイトにはしたくない。そのためには読者投稿がひとつの課題だと考えている。一人ひとりはさほど手間をかけず投稿できるが、それをまとめて見せると面白いコンテンツになるような仕掛けを作りたい。例えば、全国の読者の方々に、「こたつをしまった」タイミングを投稿してもらい、それを地図上にまとめて桜の開花予想につなげるとか、あるいは同じような仕組みで、深夜3時にまだ仕事をしている人がどのぐらいいるかリアルタイムで分かる地図を作るとか。そういうオモチャ的なものを用意してみたい。


動画についても、携帯やデジカメで撮った静止画をメールで送ると、それが映像の中に自動的に組み入れられてひとつの作品になる、というようなことができないか考えている。


(大北)
テレビで放送されているようなものではなく、その映像を誰が作ったのかが見えるようなものであり続けたいと思う。「作家性」というと大仰かもしれないが、その人のパーソナリティーを出すことで、技術に血が通っている感覚を大事にしたい。


テレビ番組のようにメディアが一方的に流すものとも、その逆方向で動画共有サイトのような個人が作ってネットに公開するものとも異なるという感覚がある。その間の何かなのだろうか。独自の動きを、少しずつ出せるのではないかと思う。


――デイリーポータルZではイベントをひんぱんに開催しているが、どのような効果があるのか。


(林)
僕たちにとっては、読んでいる人の顔が見られる、ということが大きいが、読者の方々にとっても、ほかにどんな人が読んでいるのかが見える、「ああ自分と同じような人が読んでいるのだな」と確認できるのは意外に重要ではないかと思う。


              ◇     ◇


 デイリーポータルZは、いわゆるCGM(消費者発信メディア)ではない。一方で、社員やプロのライターのみによって作られる新聞や雑誌、テレビなどの手法とも異なる。大北氏が指摘するように、動画共有サイトやブログ、SNSといったソーシャルメディアと、マスメディアとの間にある存在だ。


 現在、ソーシャルメディアと、旧来のマスメディアは互いの発展と生き残りをかけ、連携を試みる動きが活発だ。しかしその形はまだ明確ではなく、手探りの状態が続いている。デイリーポータルZには、そのひとつの解、少なくとも大きなヒントが隠されているのかもしれない。


■関連リンク


デイリーポータルZ


プープーテレビ


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