2008年12月12日金曜日

情報の「組み合わせ爆発」へ対応急げ――MITメディアラボ・石井裕副所長インタビュー

Hishii_2  「ロサンゼルス・タイムズ」を発行する米新聞大手トリビューンの経営破たんは、米国新聞業界の再編につながることが予想される。これは米国だけの、新聞社だけの問題ではない。デジタル・シフトによる広告収入の減少に不況が追い討ちをかける形で、メディア業界全体が世界的な再編の渦に巻き込まれようとしている。



 1995年から米マサチューセッツ工科大学メディア研究所(MITメディアラボ)でデジタル情報に形を与え直接触れて操作する「タンジブル・ユーザーインタフェース」の開発を進めてきた石井裕教授が、今年同研究所の副所長に就任した。世界最高レベルの知識集団を率いる石井教授に、マスメディアの行く末について見方を聞いた。


 


情報は複合的に爆発している


 情報社会を地球に見立てると、昔は情報というマントルが、マスメディアという巨大な火山を通じて地表に噴き出していた。しかし今はあらゆるところに出口があって、情報があふれ出している。


 そういう中で、人は世界中の新聞を読み比べたり、RSSリーダーで様々な人の視点を参照したり、ソーシャルブックマークやソーシャルタギングでキーワード抽出するなどして、必要な情報を得ている。さらに知人との会話や、偶然見かけたものごとなども加え、すべての情報を総合的に分析し、行動しているのだ。


 米国の作家、トム・クランシーの小説に登場するCIA職員ジャック・ライアンは情報分析のプロフェッショナルで、収集した様々な情報を組み合わせて分析し、自分なりの判断を下して行動する。そうした点と点をつないでいくような作業が、ネット社会では当然のものになりつつある。


 情報爆発という言葉もあるが、今の状況は情報と情報とが複合されることでより大きな爆発を呼ぶ「組み合わせ爆発 (Combinatorial Explosion) 」であることを意識しなくてはならない。


メディアに求められる役割


 では、メディア企業は単に組み合わされるべきパーツとしての情報を供給するだけの存在になるのか。そうなりたくなければ、何をすべきなのか。


 そのひとつは、情報をコーディネートする仕組みをつくる、ということだろう。混沌とした組み合わせ爆発の世界で、必要としている情報を必要としている人に届けるマッチングのシステムだ。そしてそこでは、なぜその人にその情報を勧めるのかという理由を明確に伝えられることが重要になる。


 例え話をしよう。あるショップの店員が客に対してネクタイを勧めるとする。「このネクタイはいいものですよ」というのが、これまでのマスメディアのやり方だ。これから必要なのは「あなたがコミュニケーションする相手は誰で、そういう人が価値を見出すのはこれで、そしてあなたが望むコミュニケーションの目的はこうだから、このネクタイを身に着ければうまくいく可能性が高くなりますよ」と言ってあげることだ。さらに他の選択肢も提示する。そうしたコンシェルジェ的な発想、まさしくインテリジェンスが、メディアに求められるようになる。


 それを実現するためには、まず人々がどこで情報に触れ、どのように活用しているのか、つまり人とメディアが交差するフレームワークを的確に把握することが必要条件だ。


 そして500人、1000人の記者の視点ではカバーできないほど多様化した情報ニーズに答えるために、ひとつの会社の中で閉じることなく、世界中のあらゆる出来事や議論とリンクしながら情報を分析していくような手法を開発できるかどうかもポイントになるだろう。


 もちろん、それは簡単なことではない。「大衆」すなわちマスを念頭に置いた事業ではなく、限られた層、限られたセグメントの人々に対してそれぞれに必要な情報を配信していく、というモデルだからだ。その力があるか。技術があるか。スピードがあるか。そう考えると、やはり世界中のほとんどの企業がグーグルには敵わない。だからこそグーグルは怖いのだが、そういう怖さの本質を日本のマスメディアは理解していないのではないか。


ビジネスモデルをどう描くか


 現代は「情報はタダ」が当たり前の世界。これまでのような、コンテンツ流通の統制でマネーを生んできたようなビジネスはもうまかり通らないだろう。読者は様々なソースから得た情報をマッシュアップ(組み合わせ)して自分のメッセージを発信したいと思っているのに、そのニーズに答えられないからだ。


 流通に関する障害がない、シームレスな情報の海。そこに乗り出してはビジネスができない、と言うかもしれないが、そんなことはない。例えば、写真共有サイトの「フリッカー」は、一定の容量までは無料で使えるようにし、その価値を十分に理解させた上で、有料会員になれば容量が無制限になる、と持ちかける。これはコンテンツやサービスを空気のように提供して、費用を負担すればもっと快適な空気を吸うことができる、というタイプの手法だが、もちろん他にも方法はあるはずだ。


 メディアが持っている情報をもっと自由に検索できる状態に置けば、われわれのような研究機関はもちろん、社会全体の役に立つ。目指すべきは、そういった人類の知識の集大成への貢献ではないか。現状では、宝の持ち腐れになってしまう。


 なのになぜ足を踏み出せないのか。著作権やルールに縛られている、ということもあるのだろうが、先に述べた情報活用のフレームワーク、言い換えれば社会全体で行う知識の再編集、再生産といった情報のエコシステム(生態系)の中で、メディアがどういうポジションを得るべきなのか、もう一度考えてほしい。


進化できなければ絶滅するだけ


 英国の巨大企業BTは、いち早く交換機型の電話回線をIP(インターネットプロトコル)網へ移行することで成長軌道に乗った。これは歴史的な事件だ。IPへ移行すれば既存のビジネスモデルが崩れ、収益が悪化するのは目に見えていたが「座して待っていてもこの流れは止められない、だったら先にやってしまおう」と決断したのだ。逆に決断を最後まで先延ばしすれば逆の、恥ずかしい意味で歴史に残ってしまう。


 マスメディアも進化の波に乗ることができなければ、絶滅した恐竜やマンモスのようになるだけだ。長い年月が経ってシベリア凍土の中から氷漬けになって掘り出され、後世の人類に見物してもらえるぐらいのことは期待できるだろう。それを望むというのなら何も言うことはないが、生き延びたいのなら、先に行って出し抜かなくてはならない。


石井 裕(いしい・ひろし)
1956年生まれ。80年北海道大学大学院修了、電電公社(当時)に入社。NTTヒューマンインタフェース研究所など経て、95年からMITメディアラボに勤務。今年5月に同研究所副所長に就任。
http://web.media.mit.edu/~ishii/index.html


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